名前を持たない「何か」
概要
それが同じものだと気づく前から、同じ「何か」にばかり興味があった。 ただ、それに名前がなかった。
はじまり
石膏の塊を削っていたとき、形を設計していたわけではない。
はじめは偶然に近い手触り、無心で触っているうちに面白さを見出す。
しかし、それを残したのは確かに意図だった。
削りすぎた歪みも、それを補うための均衡も。
現在のロックカップは、そういった発見を
再現しようとする過程が形として残ったもの。
発見した形
形になっていく全体の印象を「おもしろい」と感じていたが
その理由や細部まで意識しているわけではなかった。
面やエッジを作ろうとしたわけではなく、
発見した形にそれらがあった。
退屈と興味
削るだけでは、面白くても再現ができない。
緻密さだけでは、綺麗だがつまらない。
はっきりと眼に見える違いは気恥ずかしいが、
ほのかに感じられる違いは退屈に思う。
結果だけ取り出されたものに興味はなく、
その結果に辿り着くプロセスこそが興味の対象だった。
→ 結果ではなく体験が生まれる仕組みへの関心
観察と選択
削る → 触る → 迷う → 盛る → 気づく → 残す。
一つ一つの選択は取り消しではなく上書きとして積み重なる。
起こる現象、移ろいゆく変化を観察し、
自分の琴線に触れたものを選び取っていく。
成立しているかどうかは重要ではなかった。
結果はそれらの選択に付随するもの、
選択の過程がそのまま形として刻まれる。
与えた名前
核のような起点があり、変化が積み重なって、形にまとまりが現れる。
それを言い表すため、便宜的に「結晶」と呼ぶことにした。
結晶は決して出発点ではない。
以前から繰り返してきた「選択の痕跡が形となって残る」という
その振る舞いに、与えた名前。