ふと、思い出したこと
数学のテストでは答えを書く問題より、
証明問題の方が楽しかった。
結果よりも
「なぜそうなるか」に興味があった。
気づき
LT会の発表を聞いている最中、
二度「あ、わたしそれ知ってる」と感じた。
しかし同時に、
それをうまく言葉にできなかった。
既知だったものの内訳
扱われていたのは対象そのものではなく、
体験がどのように生まれるかという仕組み だった。
- 羽毛の触感を脳内で再現できればVRに応用できるという話
- 不協和音に対する人の反応が音楽理論で説明できるという話
どちらも、物体や音そのものではなく
感覚や情動が生成される条件を扱っている。
なぜ「知っている」と感じたのか
知らなかったのではなく、 言葉になる前から内部にモデルが存在していた。
他者の説明によってそれが外側に現れたことが、わたしの中でスパークした。
共通する関心
これまで惹かれてきた対象は一貫して:
- 結果
- 物
- 現象そのもの
ではなく、
体験が成立する仕組み
だった。
デザインとの接続
デザインとは、
何かを直接作ることではなく
特定の体験が自然に起こる条件を整える行為
と捉えることができる。
「現象が立ち上がる条件」について
強い言葉に聞こえるが、
実際には:
- 邪魔をしない形を探す
- 余計な抵抗を減らす
- 起こりやすくする
- 自然に現れる余地を作る
といった行為に近い。
暫定的な理解
関心の中心は常に:
何が起きたかではなく、
なぜそれが起きるのか
であり、
その仕組みを扱うことが
制作や設計へとつながっている。
言葉を得る前に知っていたこと
理解は言語によって生まれるのではなく、
言語は既にある理解に後から付与される。
今回の体験は、
その順序をはっきりと認識させるものだった。
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