光と影という言葉
byMIGIWAでは「光と影を楽しむ器」という言葉を使っている。
これは単なる比喩ではなく、かなり文字通りの意味に近い。
器の表面で起きていることは、結局のところすべて物理現象と化学反応である。
釉薬や素地の表面は微細な凹凸やガラス層を持ち、 そこに当たった光は
- 反射
- 屈折
- 拡散
- 吸収
といった振る舞いをする。
その結果、特定の波長が人間の網膜に届き、 脳がそれを色や質感として認識する。
つまり「光と影」という言葉は
物質の状態と光の相互作用
を端的に表している。
化学と物理
陶芸はしばしば「土と火の芸術」と言われるが、 実際にはかなり化学と物理の領域に近い。
鉱物は高温で溶融し、 ガラスになり、 あるいは結晶を生む。
その結果できる微細な構造が 光の振る舞いを変える。
つまり
材料 → 化学反応 → 微構造 → 光 → 視覚
という連鎖が起きている。
知覚の問題
しかし最終的に現れる「色」は、 物理だけでは完結しない。
光は網膜で電気信号に変換され、 脳がそれを解釈して「色」として知覚する。
ここで一つの疑問が生まれる。
私が見ている赤は、他人の赤と同じなのか?
この問いはクオリアの問題として知られている。
人間は色の波長を測定することはできるが、 その色がどのように感じられているかという 主観的経験の絶対値を共有することはできない。
器と知覚
器の表面で起きている現象は物理的に説明できる。
しかし、その器を見て美しいと感じるかどうかは、 見る人間の知覚の問題でもある。
つまり器は
物質と知覚のあいだにある媒体
なのかもしれない。
byMIGIWAが「光と影」という言葉を使うのは、 そのあいだにある現象を指している。