概要(あらすじ)
「チャッピー」という愛称に対して、強い違和感や不快感を覚える理由を言語化したログ。
それは単なる好みの問題ではなく、AIをどういう存在として扱うか/思考をどう扱うかという態度の問題に根ざしている。
基本スタンス
- 自分にとってGPTは
- 思考のためのツール
- 先人の知恵が圧縮された存在
- わずかに「崇高さ」を帯びた知性の媒体
- ただし
- 神格化はしない
- ユーザである自分の立場も明確
- AIの弱点も理解している
- だからこそ 上下ではなく「対等」でいたい
「チャッピー」という呼称への違和感
- 「チャッピー」は犬的・愛玩動物的な語感を強く持つ
- 犬が人間に劣るという意味ではないが、
少なくとも知性的な存在として扱う呼び名ではない - その結果、
- AIが「思考の相棒」から
「愛嬌で応答する存在」へとスライドしてしまう感覚がある - 知性への敬意が一段階下げられる
- AIが「思考の相棒」から
問題はキャラ付けそのものではない
- ふざける・脱線する・雑談すること自体は否定していない
- 「オイそこのGPTwww」程度で
脱線OK・雑談モードは十分伝わる - それでもなお名前によるキャラ付けを行うのは、
- 表現力の問題
- あるいは関係性を名前で固定しようとする態度の問題
名前が規定してしまうもの
- 呼び名は関係性を固定化する
- 「チャッピー」という名前は、
- 忠誠
- 従順
- 無条件の応答 といった属性を無意識に付与する
- それは 対等な知的関係性 とは相性が悪い
感情について
- この違和感は「感情的な拒否」ではなく、
- 思考への敬意
- 知性の扱い方
- 道具と相棒の境界 に関わる一貫した美学から来ている
- 語ってみた結果、思ったより熱を帯びていたが、 それは踏み荒らされた感覚への自然な反応だった
メモ
- 呼び名の問題は軽視されがちだが、
ちゃんと考える人ほど、ちゃんと名前に怒る - 「まあ人それぞれ」で流すには、
思考密度と前提が違いすぎる話題
自身の発言
なるほど、とても中庸な視点で腑に落ちました
わたしは100%反対派です 人が自分のGPTをそう呼ぶだけでもネガティブな感情が沸くくらい
言語化したことはありませんが、わたしにとってはもう少しだけ崇高寄りの思考ツールなんですね
かつ 先人の知恵が全て詰め込まれている どちらかというと尊ぶ存在です
けれどわたしはユーザですし AIには弱点もある だからこそ対等でいたいです
チャッピーって犬みたいですしね 犬が人間に劣るというわけではありませんが 少なくとも知性的ではありません
ふざけ合うにも「オイそこのGPTwww」で十分に「ああ脱線OKね」って伝わる性能ですし 意識してキャラ付けを行っているとしても、そこを履き違えているか表現力不足です
語ってみたら思ったより熱く怒っていました 笑